
アメリカでのホームステイ(アメリカワシントンD.C.編)後編
前回に続いて、アメリカ滞在について紹介します。ノースカロライナ州ダーラムのバスターミナルから高速バスで7時間ほど移動し、ワシントンD.C.には 2月27日〜3月1日 まで滞在しました。D.C.は観光客が多く、街全体が博物館や歴史的建造物に囲まれているような印象で、ノースカロライナとは空気感が大きく異なりました。 滞在中は、カーネギー研究所に在籍している 高橋奈緒子助教授 と再会しました。カーネギー研究所はワシントンD.C.の高級住宅街の一角にある、こじんまりとした研究所です。建物の規模は大きくないものの、内部には装置や設備がコンパクトにまとめられており、1950年代から使われてきた歴史ある機器 も多く残っていました。いわゆる「巨大な大学キャンパス」とは対照的に、必要なものが凝縮された“研究に特化した場所”という雰囲気が強かったです。
カーネギー研究所
カーネギー研究所の地図。建物自体は少なく、落ち着いている。
カーネギー研究所では、地球惑星科学のさまざまな分野の研究者が研究しており、研究者の立場も ポスドクから正規研究員まで多様 だそうです。そのため人の出入りも多く、流動性の高い環境になっているとのことでした。高橋先生曰く、非常に研究に集中できる一方で、研究関係の専門用語を必要とする日々のコミュニケーションでは言語面で苦労することも多い そうです。短い滞在でしたが、研究所ならではの密度の高い雰囲気を感じました。
鉄鋼王カーネギー(ワシントンDC スミソニアン美術館にて)
大学のPhD生活(UNCで見た日常)
ノースカロライナ滞在中には、UNCの研究室に滞在し、PhD学生の生活を少し見学する機会がありました。アメリカのPhDは、日本の「修士+博士」に近い形で、基本的に 5年程度のコース になっていることが多いそうです。
また、PhD学生は研究室の教授に 雇用される形 で所属しており、研究費・生活費を受け取りながら研究を進めます。雇用形態には主に次の2つがあります。 • TA(Teaching Assistant):授業補助(準備、採点など) • RA(Research Assistant):研究補助(分析や実験など) 学生はどちらかの役割を担うことが多く、教授から給与を受け取っている分、日本以上に教授との連絡を密に行っている印象でした。その影響もあってか、研究室あたりの学生数は日本より少なく感じました。
さらに、多くのPhD学生は NSF(研究費+生活費の支援) に応募する必要があり(日本の学振に近い制度)、採択されると学生個人に大きな予算がつくため、最初の2年ほどは申請準備に力を入れる そうです。滞在中に見学した授業でもNSF申請が扱われており、小数の学生が教授を囲んで座り、自分の研究について正しく簡潔に伝えるためにどの英単語を用いるべきかなどの議論を行っていました。生活面では、大学内にレストランは多いものの、外食は高いためPhD学生の多くが 弁当を持参 していました。土日は、実験がある場合を除けば大学には行かず、家で作業する人が多いそうです。アメリカのPhDの学生は研究員や日本の博士課程後期の学生に比べると教授などと連携して研究を行っている印象がありました。 最後にワシントンD.C.での観光について少し触れます。ワシントンD.C.の中心部のナショナルモールと呼ばれる地域では政府関係の施設及び博物館が非常に多く、観光客も多い街でした。いくつか博物館を回りましたが、どれも規模が大きく見ごたえがあり、入場無料の施設が多い のもありがたかったです。 また、街を歩いていて感じたのは、ノースカロライナ州もD.C.も、東京に比べると アジア系の人を見かける機会が少ない ということです(エリアによって印象は変わりそうです)。また、建物内に入るときは荷物検査があるため、リュックなどの荷物を持っている人は非常に少なかったです。(ワシントンD.C.を観光する方は荷物を持って行かないことをお勧めします。) ホワイトハウス周辺は、訪問時に情勢を踏まえた 安全対策が強化 されており、警備が普段より厳しく、見学できる範囲が限られていました。

ホワイトハウス前。バリケードによって敷地内には入れなかった。 今回の滞在にあたり、宿泊先の手配からさまざまな面でご支援くださった辻森先生及び高橋先生、受け入れていただいたProf. Flores、Ms. Annに心より感謝します。おかげで貴重な学びと経験を得ることができました。ありがとうございました。